« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »

2006年8月31日 (木曜日)

退院祝い

昨日旦那さまの会社の方たちが我が家の最寄り駅にあるお店で退院祝いをしてくださいました。

入院中も度々励ましていただき、本当にお世話になっている方々です。

本来なら我が家にお招きして、「お世話になりました」とおもてなしをすべきところなのですが、妊婦である私の体を気遣っていただいて、まずはお店でお祝いしようということになったのです。

「まずは3年、たった3年だよ。(再発しないように)頑張れよ。」

「会社のみんなも心配してるから一度会社に顔を出して欲しい。」

「でもあまり無理して社会復帰しようと急ぐ必要はないから。会社に来ることもリハビリになるだろうけど、自分の心地いいペースでやりなさい。まずは週1回とかでいいから。」

本当に本当に頭が上がりません。涙がこぼれそうなほどありがたいお言葉でした。

旦那さまの気持をすごく考えてくださってのお言葉でした。これほどまで旦那さまのココロを考えてくださる方はいないのでは?と思いました。

旦那さまの会社のバックアップなくしてこの病気との闘いはありませんでした。

入院とほぼ同時に私の妊娠が分かり、色々な面で考えても”臨月ぎりぎりまで仕事しなければならない”というプレッシャーと、毎日の病院通い、旦那さまの病状、始まったつわりに私も不安ばかりでした。

しかしそれも旦那さまの会社から本当に暖かい配慮をいただき、旦那さまの手術の前の日を最後に早めの産休に入ることができたのです。

今はただただ会社に甘えてばかりの私達ですが、この恩をきちんと返せるように頑張らなければいけません。

今日はこれから病院へ行って義足の打ち合わせをします。そして明日は放射線治療の話を先生としてきます。

退院後の治療が少しずつ始まろうとしています。旦那さまは昨日でまた沢山の励まし・力をもらえたと思います。これを励みに治療が良い結果を生むことを信じています。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年8月29日 (火曜日)

退院後の生活

旦那さまが退院して2週間がたちました。
この2週間は想像していたよりもずっと楽しく平和に過ごしました。

退院する前は家で旦那さまが生活を始めたときに今までできたことができないという苛立ちからもっと旦那さまが落ちこんだりするかな?と思っていたのです。

でも彼はこれができるようになった、これができるためにはどうすればいいかな?と常に前を向いて頑張っています。旦那さまの強さとたくましさに本当に尊敬です。

それでもあまり自分から気持を言葉に出さない旦那さまですから、私は心配でした。ストレスを溜め込んでいないか?

退院前に「何でも話そう。」と言っていたものの、自分から進んで話してくれないだろうと予想していたのです。あるときちょっと聞いてみれば、やはり思ったとおりでした。それでも旦那さまには乗り越えていく強さがあると思います。

病気になってから旦那さまは食生活に気をつけるようになりました。それまで嫌いだったトマトやにんじんも自ら食べるようになりました。そして良く噛むこと。また、義足でウインドサーフィンをやりたいという夢を持って腕立て、腹筋とリハビリも頑張っています。

旦那さまが退院して毎日2人でゆっくりと日々を過ごす中で欠かせないのが3度の食事です。結婚してからも仕事を続けてきて食事を3回用意することがなかった私にはこれが意外と大変。。。しかも旦那さまの免疫力を高めるためにも食事の栄養バランスを考えなければいけません。

それでも病気と向き合い、リハビリをし、嫌いなものも食べて、これからも続く治療を頑張ろうとしている旦那さまを見ていれば私も頑張らなくちゃと思います。

結婚してから6年目、これまで平日も休日もず~っと一緒に、しかもゆったりとした時間を過ごせたことはありませんでした。お互い仕事が忙しくて仕事のストレスと戦いながら会話も少なかった頃を思えば、今とても満たされています。

もうすぐ旦那さまの放射線治療が始まります。私にできる精一杯のことをやって旦那さまを支えていきます。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年8月12日 (土曜日)

退院決定!

手術の日から早くも2週間以上が過ぎました。

なかなか記事を書く気持にならなくてこんなに日が立ってしまいました。でもこの2週間、長かったなぁ。という感じです。

今では旦那さまの傷口は抜糸も済んで昨日からシャワーも浴びれるようになりました。そしてリハビリも始まり、今は松葉杖での歩行訓練をしています。

手術前々日、手術前説明を受ける前の旦那さまは明らかにあわてていました。私達は手術前にいろいろな情報を収集していました。代替療法、手術の意味、いろんな人に聞いていた情報がいろんな意味で私達を迷わせてしまったというのもあります。

最後の最後になって”やはり切らなくちゃだめなのか?それしか方法がないのか?”これまで切断ということを意識して覚悟してきたはずなのに、やはり土壇場になって”どうにかならないものか?”と思ったのです。

しかしそんな思いも手術前説明で私達の疑問に一つ一つ丁寧に答えてくださる先生の前で払拭されていきました。

権威のある先生に聞くことすら失礼かもしれない、先生の気分を害してしまうかもしれない、と思いつつも代替療法についても聞きました。そしてそれらを試したい。ということも。それでも先生は快く答えてくれました。

そして何より旦那さまの気持を大きく動かしたのは、レントゲン写真でした。入院時の2ヶ月前の腫瘍と、今の腫瘍を比べたときに、その繁殖の仕方に愕然としたのです。残念ながらこれまでやった3種類の抗癌剤で著しい効果があったものはなかったようです。たったの2ヶ月でここまで・・・と言葉を失うほどの繁殖でした。

先生からは「どこで切断するか?」との話。説明を受けたあとには私達も聞きたいことは聞けたし、あの写真を見た以上、”やはり切断しかないのかな・・・”そんな気持でした。

でも先生は「一日待つから手術するかしないかは明日返事をください。」ということでした。

私は旦那さまに最終的な決断を任せました。先生もおっしゃっていましたが、やはり本人に切断に対する疑念などがあると術後の経過にも影響するということだったので、酷かとも思いましたが旦那さまに決めて欲しかったのです。そして私は旦那さまが決めたことを信じてついていこうと思いました。

翌日の朝旦那さまは自分の口で先生に「明日の手術お願いします。」といいました。私は旦那さまの決断に本当に心から敬意を持ちました。すごい。本当にすごいよ。私は何もできないかもしれないけど、支えていくから。とココロに誓いました。

手術当日については前の記事で書いたとおりです。意識も朦朧としている中、痛がる旦那さま。私はただ旦那さまの手を強く握ることしかできませんでした。旦那さまは時折それに答えるように強く握り返してくれました。

術後3日間は痛みとの戦い、術後4日目にはモルヒネの副作用もあって吐き気との戦い、ようやく落ち着いた頃には極度の貧血をおこしていて、輸血もしました。でもみるみる回復していく旦那さまに生命力と意思の強さを感じました。

術後10日がたつとリハビリが始まりました。この頃には食事もとれるようになっていて、貧血も少しずつですが収まってきていました。術後2週間がたってようやく点滴も抜け、自由な体に。そしてついに退院が決まりました。15日です。

退院は突然決まりました。術後に放射線治療が必要と言われていたものの、抜糸から2週間は放射線照射ができないということと、放射線治療は外来でも可能ということで、次の抗癌剤治療までは入院の必要がないという先生の判断でした。

正直、旦那さまは退院の話を聞いたとき家に帰れる喜びと不安が半々だったようです。退院と言われたときはまだ車椅子でしか移動できていなかったし、トイレで用を足すのも一苦労だったからです。

今は必死で松葉杖の練習をしています。家の階段を上ることができないといけないし、我が家の大きな車に乗るのもおそらく一苦労でしょう。でも一つ一つできるようにならなければいけません。

今リハビリをしながら旦那さまは「こんな簡単なこともできない・・・」と悔しい思いをしながら、それでも一生懸命前を向いて頑張ろうとしています。私も家に帰ってきたときの生活を多少なりとも不安に思いますが、2人で乗り越えていけると信じています。

今回の手術で旦那さまの「強さ」を本当に感じました。この「強さ」を支えるために、私ができることはなんだろう・・・?これは当面私の課題になるでしょう。

病気との闘いはまだ終わったわけではありません。治療もこれから放射線・抗癌剤と続きます。そして旦那さまの病気という敵は姿形を変えて何度も旦那さまの前に立ちはだかるでしょう。まずは1年後、再発がなく親子3人で夏を迎えられることを信じて頑張ります!!

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2006年7月 | トップページ | 2006年9月 »