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2007年4月25日 (水曜日)

最近のチビタ

毎日毎日いくら見てても飽きないチビタ

今はこぶしを口にひたすら持っていきます。

そしてチュパチュパとなめている。これってその手が自分の手であるということを認識するための大事な過程らしいです。

ただチビタの場合は夢中でこぶしを口に入れて、一人でむせてせきこんでいることも・・・

そんなに必死にならなくても。って思わずつっこみたくなります。

つっこみといえばもう一つ、赤ちゃんがお腹がすいて泣くのは分かるけど、眠くて泣くときは「眠いなら泣いてないで寝ればいいのに」と思わずには居られない。

今もようやくグズリが終わってチビタは夢の中。

いっちょまえに、隣でいびきをかいています。。。

私の親ばかぶりも発揮されてきて、朝「おはよー」と声を掛けると、チビタが「うううー」と真似して「おはよー」って聞こえる!友達に話すと「はいはい」と聞き流されてしまうけど。笑

先週、旦那さまの入院していた病院と免疫療法でお世話になった先生のところへご挨拶しにチビタを連れて行きました。

旦那さまの会社でもそうでしたが沢山の人に抱っこされるチビタ。

「みーんな、パパがとってもお世話になった人なんだよ。」と言い聞かせ、写真をパチリ。

旦那さまが亡くなって4ヶ月近くたち、こうしてようやくお世話になった人達のところへ行くことができるようになって、本当に旦那さまはこんなにも良い人たちに囲まれていたんだなと実感します。

会社の方も病院の先生・看護士さんも皆あたたかくチビタを迎えてくれて温かい目で見てくれました。

チビタが大きくなってお話ができるようになったとき、沢山話をしてあげたいと思います。「パパはこんなに素敵な人たちに支えられていたんだよ」って。

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2007年4月19日 (木曜日)

先天性鼻涙管閉塞 その2

本日、行って来ました!再度眼科へ。

軟膏をつけてのマッサージの効果があったかどうか。

・・・明らかに効果なし。

少しよくなったかな?と思っていたけど、ここ2・3日でまた目やにが増えていました。

先生にも「あまり効果ないみたいで・・・」と話すと、ブジーの処置をするかどうかという話になりました。

ブジーというのは下まぶたの目頭側になる小さな穴に細い棒を通し、詰まりの原因である残存膜などを取り除く処置です。

先生に色々聞きました。

成長過程で治るかもしれないなら今する必要があるのか?

目に傷がついたりすることは無いのか?

一度開通させてもまたふさがってしまうということはないのか?

先生は

        成長過程で治るかもしれないし、治らないかもしれない。

        成長過程で治るかもしれないけど、既に涙のうに膿がたまっているので、あまり長い間膿がたまった状態というのはあまり良くない。

        前回のようなみの虫状態で子どもを固定して処置をするから月齢の早いうちのほうが固定しやすい。

        目に傷がつく場合というのは子どもが暴れてしまって眼球に傷がつくということ以外はあまりなく、であれば固定しやすい今の方が安全性は高くなる。

        一度処置を行えば、何か別の病気にならない限り再び閉塞するということはない。

結局、今やるべきなんだな。と納得し、先生に今日処置をお願いしました。

今日のチビタはご機嫌で、若くてかわいい看護師さんに押さえつけられて、ほっぺを撫でてもらっている間はご機嫌に笑っていました。

でもいざ目に細い棒を入れるときはさすがにおお泣き。

「落着いて、息してね~」

と思わず声をかけてしまうほど顔を真っ赤にして泣き喚いていました。

やがて鼻から鼻血が・・・

驚く私に先生は「たまにあることですから大丈夫ですよ」と。

処置が終わって、再度前回と同じように開通しているかどうかの検査をしました。

1日に2回も針を目に通すって・・・可愛そうなチビタ。

そして無事に開通したことが確認されました。

チビタはよだれと鼻血を出しながらまだ泣いていました。

あわててふき取り抱き上げると、ケロッとしてウトウト。

「がんばったね~」と声をかけても既に夢の中。笑

先生から抗生剤の目薬をもらって終了。

なんだか親子で疲れて家に帰ってからは2人で昼寝。

これでようやく目やにに悩まされることもなくなるんだと、ほっと安心しました。

この恐怖体験がチビタの記憶に残らないことを祈ります。笑

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2007年4月17日 (火曜日)

リハビリ

先週、旦那さまの会社へ行ってきました。

本来ならもっと早く会社の方へのご挨拶と旦那さまの私物を取りに行かなければいけなかったのが、なんだかんだで4月になってしまいました。

家の旦那さまの荷物は相変わらず一切手をつけることができていません。

いい加減に少しずつでも整理しなければと思っていたので、会社へ行って旦那さまの荷物を持って帰ってくることがそのきっかけとなってくれることを密かに期待していたのです。

会社から持って帰ってきた荷物の中には昔の写真や、私が旦那さまへ送ったカード、そして旦那さまの会社での実績を示すものが入っていました。

会社へ行った翌日、すべてに一通り目を通しました。

その中に旦那さまがある店頭で仕事をしている写真がありました。今こういう仕事しているんだ、って聞いていました。なつかしさがこみあげました。

そして結婚式の写真もありました。我が家にも結婚式の写真は写真立てに入れて目のつくところにおいてあります。

でも旦那さまが亡くなってから、飾っている写真以外の旦那さまの写真を見ることはありませんでした。というより見ることができませんでした。何を見ても、どこへ行ってもこみあげる哀しみに押しつぶされそうになるからです。

会社においてあった荷物の中の写真を見て、やはりまだまだココロのリハビリが必要だと痛感しました。

それでも自分に“大丈夫。大丈夫。片付け始めてみよう”と言い聞かせ、そのまま入院していたときの荷物に手をつけました。

闘病中、病院に常に置いていたノートにメモが一枚入っていました。

おそらく病気が分かって入院したての5月、結婚記念日を迎えたときの私宛に書いたものです。

実際にもらったメッセージは違うものでした。

きっとこのメッセージは私に渡せずにいたのでしょう。

「明日のない夜はないって、

今もしあわせだけど、もう一度、

おだやかな、しあわせが必ず来るからがんばろう。

ゆっくりと目を閉じて今の自分達を思いおこせて、

大変だったなって、ほほ笑み合おう。」

他にもこのノートには初めて転移が見つかった日の日付で

「どうなってしまうのだろう。

不安。

足だけじゃダメなんですか?」

と走り書きもありました。

涙が止まりませんでした。

闘病中、常に前を向いていて、落ち込む私を逆に励ましてくれていた旦那さま。

でも実際の旦那さまはどんな気持だったか・・・それを思うと息苦しくなります。

どんなに不安だったか、どんなにくやしかったか。

これ以上は何もできませんでした。

こみあげる哀しみと無力感に襲われしばらく本当に何もする気になれませんでした。

家の荷物を片付けるのはまだまだ先になりそうです。

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2007年4月 9日 (月曜日)

先天性鼻涙管閉塞

チビタは退院してからすぐに左目から黄色い涙&目やにが沢山出ていました。

朝起きたときは目やにがかたまって目が開けられないほど・・・

生後

2週間で小児科へ行くと炎症を起こしているとのことで抗生剤の点眼薬を処方してもらいました。点眼後はすぐに症状もよくなり、安心していたのですが・・・

点眼薬を使わなくなって

1ヶ月近くたつ頃、またも左目から黄色い涙&目やにが。

気になって今度は小児眼科をやっている眼科へ行きました。

先生から「先天性鼻涙管閉塞」という言葉を聞き、症状の説明、治療の説明を受けました。

文字通り鼻涙管が閉じていて涙が流れない病気です。これにより膿がたまることもあるそうです。症状としては目やにがたまったり、目に涙があふれている状態になります。

片目だけにこの症状が起こる場合はこの病気をまず第一に疑うということでした。

そして先天性鼻涙管閉塞かどうかを検査するために、細い注射針のようなものを目頭から入れて検査することに・・・

もう検査の内容を聞いただけでぞっとしました。

チビタは病院でもずっと熟睡。。。寝ている状態で検査台にのせ、手を下に伸ばして身体が動かないようにバスタオルでぐるぐる巻きに。まるでみの虫状態。笑

目頭から針を通すので暴れないようにするためです。もし暴れたら・・・考えるだけで怖い。先生に何度も「目に傷がつくことは無いんですよね?」と聞きました。

そしていよいよ検査。

私は見ていられなくなりました。先生がそれに気付いて「あちらで待っていてもいいですよ?」それでも「大丈夫です。」と言ってチビタのそばに居ることに。

チビタも状況を察知したのか大泣きし始めました。

先生に「声かけてあげて」と言われ、「大丈夫だよ~」なんて声をかけてみるものの、目に針を入れると考えただけで怖くなって震える私の声では「逆に不安になっちゃうかな」なんて先生に言われる始末・・・笑

大人

2人がかりでチビタが暴れないように押さえつけられていました。

それでも必死に右手をバスタオルから出そうと抵抗しているチビタ。

この検査って、大人だったら本気で怖くて受けられないな・・・なんて思いながらじっとチビタを見守りました。

大泣きしつつもどうにか針が通り、水

(?)のようなものを注入。同じ検査を両目で行いました。右目は特に問題なし。でも左目は注入したものと膿のようなものが目から溢れ出てきました。それは鼻涙管が閉塞していることを意味しました。

先生は「残念だけど、膿もたまってるわね~」と。

とりあえず、軟膏をつけてマッサージをして

2週間ほど様子を見ることになりました。

この病気は成長していくうちに自然と鼻涙管が開通して治ってしまうことが多いそうです。

それでも治らない場合は今回の検査と同じような感じで針を通して開通させる処置が必要になるとのこと。

あれをまたやるのか・・・と思うと気が滅入ります。

マッサージでなんとかうまく治ってくれることを祈るばかりです。

それにしてもチビタ、頑張ったね。

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2007年4月 6日 (金曜日)

子どもの成長

一日一日チビタは成長しています。

それは身長が伸びたとか、体重が増えたとかそういうことはもちろんですが、昨日より笑うようになったな、とか、お話(アーとかウーとか・・・)がうまくなったな、とか。

最近のチビタはとくに笑顔がとても人間らしくなり、笑いかけると笑い返してくれます。

そしてしばらく見つめ合うと機嫌のいいときは沢山お話してくれます。

私が子育てして一番初めに思ったこと。

それは人間は生まれてきたばかりで声を出して泣くことが出来ても、声を出して笑うことはできないんだなぁ。ということでした。

はじめは口の片端だけをクイッとあげてニヤリ。

そのうち大人の笑い顔から笑い方を覚えるのか、両方の口角を上げはじめます。

そして次第に目も笑うようになる。

それでもチビタはまだ声を出して笑うことが出来ません。お話はできるのに。

生まれてすぐ声を出して泣けても、声を出して笑うことはできない。

人間は他の動物と違って笑うことが出来る。なんてことを聞きますが、なるほどなぁ。と妙に納得してしまいます。

笑うことは生活していく中で覚えていくことであって、本能的なものではないってことですよね。

人間てすばらしい。。。

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2007年4月 4日 (水曜日)

黄金風呂!?

やられた・・・

チビタのバスタイム。

いつもお風呂で「背泳ぎ~」と言いながら湯船にぷかぷか浮かばせて遊んでいるのですが、ついに、ついにやられてしまいました。

いつものように遊んでいると、チビタは気持ち良さそうな顔。そのとき、私の右肩後方からぷかぷかと・・・

思わず目を疑いました。

黄色のかたまりが。。。そう、あれです!

あわててチビタを見ると、まだまだ出てきてる!!!

急いで湯船からチビタを抱き上げ洗い場へ。

そこでもまだまだ出てくる出てくる!!!

あちゃーーーー!!!泣

チビタは便秘気味なのか一日1回するかしないかです。つまり、1回の量が多いのです。

チビタが生まれて2ヶ月。どんなにチビタが泣いてもこれまでつらいとか感じたことはなかったけど、このときばかりは泣きそうになりました。笑

チビタを見れば気持の良さそうな涼しい顔。

しばらくどうしたものかと呆然とし、そのあと洗面器ですくいだし(泣)、大掃除の始まりでした。。。

なんだか妙に“子育てしてるんだな~”と実感した日でした。


スパルタNsさんへ

スパルタNsさんのところ、いつ行こうかなぁ。日勤でスパルタNsさんが居る日っていつですか?

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2007年4月 2日 (月曜日)

久しぶりに・・・

やってしまいました、高熱。

去年1年は風邪ひく暇もなかったっていうのが正直なところで、考えてみたらその前までは年に1・2回は高熱を出し、2ヶ月か3ヶ月に1回は軽く風邪をひいていた私。

散々な1週間となってしまいました。

月曜日

明け方から体の節々が痛くて寒気。朝からグングンと熱は上がっていきました。

インフルエンザだったらやばいな~。

でも喉も痛く無いし、咳も出て無いし。もしかして乳腺炎かも・・・?と淡い期待をもちつつ、通っている助産師さんに電話をして行くことに。

助産師さんからは「乳腺炎ではなさそうね。葛根湯でも飲んであたたかくして寝てなさい」と言われがっかり。

家に帰ってから全身の痛みはさらにひどくなり、たまらず病院へ。インフルエンザの検査をしたら結果は陰性。ほっとしたのも束の間、先生からは「発症から24時間以内だと陰性になることがあるからね。」と。私が「ワクチンを11月に受けているんですけど・・・」と言っても「ワクチンの効果は3ヶ月くらいだから調度切れてきてるかもね。症状から言ってたぶんインフルエンザだよ。」

「・・・。あの~もうすぐ2ヶ月の赤ちゃんがいるんですけど・・・授乳もしてるんですけど・・・薬は・・・」

とても怖くてタミフルなんて飲む気になれない。

先生はタミフルでない抗インフルエンザ薬と解熱剤、胃薬、すべて授乳を続けても良い薬を処方してくれました。

あとはおっぱいから薬の抗体が子どもにいくことで子どもがインフルエンザにかからないことを祈るしかない。と言われてしまいました。

火曜日

朝から具合がよく、熱も微熱程度。薬が効いてるおかげか、身体も軽くほとんど治ってきているような感覚でした。でも母は心配だから。と私とチビタを実家へ連れ戻しました。体調はかなりよくて、夜になっても熱はあがらず、やっぱりインフルエンザじゃないじゃん。よかった~と安心していました。明日には家に戻れる♪と思っていました。

水曜日

朝から明らかに身体が重い。熱を測ったら38度5分。もう何もできず、本当にチビタの授乳だけ。眠くてぐずろうが抱くこともできず、すべて母まかせ。実家に戻ってて助かった・・・。熱はそれ以上上がることはありませんでしたが、なかなか下がらず、食欲もまったくなくなってしまいました。それでもがんばって食べたものも戻してしまう始末。ず~っと「まいった~」とつぶやいていました。

木曜日

熱が下がってどうにか動けるように。それでも食欲はまったくなくて、こんなに食べて無いとおっぱいも果たして出ているのか?という状態。それでもインフルエンザの抗体が含まれているかもしれないからと授乳だけは続けつつ、それ以外のことはやはりすべて母まかせでした。一日が眠る&授乳で終わりました。

金曜日

今度は前日の夜から熱が35度台と低くて頭痛。それも昼頃には収まり家に帰ることに。母は「もう1日大事をとって・・・」と言っていましたが、この日は旦那さまの月命日。4日も家に一人にしてしまったので、どうしても帰りたかったのです。

4日ぶりの家で旦那さまの前にチビタと座り「久しぶりにやっちゃったよ~。つらかった~。どうかチビタにうつりませんように。。。チビタを守ってね。」と話かけました。

結局インフルエンザだったのかどうかはよくわかりません。

ココロが弱っていると身体も弱っちゃうんですね。

そして身体が弱っているとココロもさらに弱ってく。

私が動けなくなると回りにも迷惑がかかるし、何よりチビタがかわいそう。

ココロも身体も強くならなきゃ!と改めて思った1週間でした。

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