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2007年12月30日 (日曜日)

ありがとうございました

今日は旦那さまの命日でした。

朝から涙腺はなんだかゆるくてこの1年のことを振り返ったりしていました。

でも途中旦那さまのお友達がお線香をあげに来てくださったり両親がきてくれたり・・・で、だいぶ気がまぎれました。

この一年、本当に本当に長かった。

この一年を乗り越えられた私を私は褒めてあげました。

でも正直、一年たってしまった・・・ていう気持ちもあります。

少しずつでも旦那さまの記憶がみんなの中から薄れてしまうのではないか?という恐怖があるからです。

旦那さまのぬくもりや声のトーンや癖や・・・小さな思い出が少しずつ風化されてしまうのが怖いのです。

今日は仏壇に語りかけました。

「ねぇ、一年たっちゃった。どうすんの?これから。いつ帰ってくるの?いつ会えるの?」

一年は長かったけど、この一年で私の中で消化できた思いはどれくらいあったのでしょう。

年月が少しずつでも癒してくれるって信じてます。でもやっと一年。まだ一年。

早く会いにいきたいけれど、私にはまだやるべきことがあるから。

チビタを立派に成人させないと。

私は今私ができるやるべきことを精一杯やるだけです。

ブログを始めて約2年。

日々の他愛もないことをぼやいて旦那さまとのラブラブ生活も♪なんて思ってたのが、いつからか闘病日記のようになり、私の愚痴を吐き出す場になり・・・

これまで読んでくださった方々に深くお礼申し上げます。

またいつかどこかで。

本当にありがとうございました。

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2007年12月28日 (金曜日)

一年

月日がたつのは本当に早い。

チビタが生まれた頃の写真を見ると正直どんなかんじで子育てしてたか忘れてるし。笑

きっとそのときはそのときで必死だったんだろうけど、やっぱり子育てって「今」を楽しむことで精一杯で、いつの間にか成長していて気づけばもうすぐ11ヶ月。

1歳の誕生日はどんな風にお祝いしてあげようかな~なんて考え始めてるし、最近は立っちも果敢にチャレンジしてて初めの一歩もそろそろかな~なんて。

そしたら手つないでお散歩♪も近い未来だな~とか。

手つないで散歩なんてまだまだ先のことだと思ってたのに、本当にあっという間です。

正直チビタの成長の早さについていくのに必死な状態。笑



この一年を振り返ると・・・たくさんの人に励まされ、たくさんの言葉に勝手に傷ついてきた。そんな一年でした。

正直友人・知人との接し方も変わった。こうなってみて人との付き合い方が変わったっていうのも事実。誰が良くて誰が悪いとかじゃなくて、自分を守るのに必死だったから自然とそういう感じになっていったっていうか・・・

ただ最近思うのは、私もいつ誰を傷つけているかわからないってこと。

私がチビタと散歩したり公園で遊んでいる姿を見て、たとえば不妊で悩んでいる人や死産・流産を経験している人は私たちを見るのもつらいだろうし、ねたましいとすら思っているかもしれない。

私が幸せそうな家族を見て感じるのと同じように・・・

人は人に親切にするとき、いろいろ考えてするけれど、傷つけているときは知らない間に傷つけているものなんだと思います。

親切するときはたいていの場合自分で「親切した」ってわかっているけれど、傷つけているときは傷つけていることにすら気づいていない場合があると思うんです。

悪気も悪意もないから傷ついた人はその気持ちを一人で消化せざるをえない。

傷つくのが悪いっていうのもちょっと違うと思うし・・・

でも救われるのは心温かい人がいるからです。

その存在を私は大事にしなければいけない。だってその存在のおかげで本当に救われているし、今こうして立っていられるんです。

私もいつどこで誰かを傷つけているかもしれない。完璧な人間なんていないから。でもその分人にやさしく接したい。自分のこの小さな(笑)脳みそで考えられる限りのことをできる人間になりたい。そんな風に思うこの頃です。

なんて穏やかに書いてみましたが、命日が迫っていて気持ちは大荒れです・・・

あと2日、ひたすらPCに向かって現実逃避しながら現実を見つめていけたらと思っています。


もうすぐママになって一年。

まもなく未亡人になって一年。

同じ長さだしほぼ同じ時期だけど、感じ方はまったく別物でした。

ママの一年は本当にあっという間。

未亡人の一年は苦しく長い一年でした。

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2007年12月25日 (火曜日)

癌とたたかう

これは2006年12月28日の話です。

以前旦那さまの最期の戦いを綴ろうと思いつつ、どうしても27日以降のことはかけませんでした。⇒2006年12月27日

今日これを書いていて何度となく涙が溢れ途中でもう書けないとも思ったし、ブログという形に残すことをためらったりしました。

でも旦那さまが最期まで本当に戦ったということを残したい。今は昨日のことのように鮮明に思い出せることがいつか少しずつ記憶の隅に追いやられてしまうのは嫌。この思いだけでどうにか今記事になりました。

かなりの長文になってしまいました。読んでいて嫌な気持ちになる方もいるかもしれません。現在闘病中の方、またはそのご家族、そして旦那さまの知人。気分を害された方には先にお詫び申し上げます。

これは本当に身勝手な記事です。



2006年12月28日

朝から姉がお見舞いに来てくれました。車が壊れてしまったためにレンタカーをしようと考えていた私にカタログを持ってきてくれたのです。

それをみて旦那さまはかすれる声で「もう危ないからタクシーで来い。」と言いました。

でもこのとき既に私は病院から家へ戻るつもりはありませんでした。

もう旦那さまを一人にしておけない。前日の夜のつらそうな表情を見ていたら旦那さまのそばを離れることが怖くなっていたのです。

モルヒネの座薬もどうしても薬の効果が切れる時があって、そのたびにつらく咳き込み、吐き気と痛みに苦しむ旦那さま。朝の回診に来てくれた先生から、注射でモルヒネを断続的に入れることで旦那さまのつらさを取り除くと言われました。

早速準備を始める看護士さんに旦那さまは「もう頭が働かなくて何をされているのかよく分からない」とこぼしていました。すでに車椅子への移動もできなくなっていました。

昼過ぎになって旦那さまの親族の方が入れ替わり立ち代わりお見舞いに来てくれました。

そのたびに「お水をお出しして」と何度も私に訴えました。皆旦那さまの様子を見て驚き、「顔だけ見に来たのよ。私たちに気を使わないで。」と言って手を握ってすぐに病室を出て行きました。かすれた声で「ありがとうございます」と旦那さまは何度も言いました。

お見舞いがひと段落ついた頃、旦那さまは「ちょっと寝ていい・・・?」と私に聞いてきました。「いいよ。昨日の夜も眠れてないんだし、人も来たから疲れたでしょ。休んで。」と言うとあっという間に眠りに落ちました。

酸素をつけて肺で一生懸命息をしようとする旦那さまを私はじっと見ていました。

眠っている旦那さまのところに先生がいらっしゃいました。旦那さまは先生が来たことにも気付かずずっと眠ったままでした。先生は旦那さまの様子をじっと見て、私を病室の外に呼びました。

「左首のリンパ節にも腫瘍ができていて、それがさらに酸素の通りを悪くしています。薬の効き目で本人は既に眠っている感じだと思います。申し訳ないけど・・・」

「もうずっとあの状態なんですか?」と聞く私に、先生は「申し訳ないけど・・・」としか言ってくれませんでした。

それでも、このときまだ私は信じられませんでした。まだ受け入れられていませんでした。でも涙だけは止まりませんでした。

まさか・・・まさか・・・もう旦那さまの声を聞くことができなくなるの?旦那さまの寝るベッドの横に座り旦那さまの左手を握りました。

かすかに握り返してくれたような気がしました。そして意識のあるときにいつもそうしてくれたように私はそっとその左手を私の頬に持っていきました。

旦那さまの左手が私の頬に触れた瞬間、急に旦那さまは目を覚まし、身体を起こしました。調度看護士さんが部屋に来てくれました。

でも身体の痛みが激しいのか身の置き所が無いというかんじで右に左に身体を動かしてつらそうに苦しみました。私は見ていられずまた涙が止まらなくなりました。

看護士さんと私が身体をさすっても何をしても旦那さまは歯を食いしばって「う~」と痛みに耐え、ベッドや布団に当たるばかりです。

それでも涙の止まらない私を見て「大丈夫?」と言いました。

今思えば、あれほど自分が痛みに耐えている中でも私の泣き顔を心配そうに見るなんて・・・と旦那さまの深い愛を感じずにはいられません。

そのあと「もう疲れた・・・」とも。そして大きく目を見開いて私の目を見て、

「○○、・・・してるよ」「○○、・・・してるよ」と私の名前を呼んで2回言いました。声がかすれていてなんと言っているかはっきり聞き取れなかったけれども、私には「あいしてるよ」と言っているように聞こえました。

しばらくすると疲れたのかまた眠りました。

私はパニックを起こしていました。呼吸が苦しくなり過呼吸を起こしかけてしまいました。看護士さんが今度は私の傍に来て背中をさすってくれました。必死に呼吸を整えました。

でもこのときまだ私は、また目を覚ましてくれると思っていました。このときはまさかこれが最後の旦那さまの言葉になるとは思いませんでした。またしばらくしたら起きてくれる。手を握ったら握り返してくれる。ずっとこのままってわけではない。そう思っていました。

こんな状態でも私は旦那さまの死がまだ先のものだと思っていたのです。

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2007年12月16日 (日曜日)

終わったぁ

先日旦那さまの一周忌と納骨を執り行いました。

10月半ばの母の骨折から本当にバタバタしすぎて、無事に終えたことで何よりほっとしました。

母の骨折、私の風邪、その後チビタも熱を出し・・・

私の風邪も思ったより長引いて結局2週間くらい咳が収まらなくて。。。

さらにチビタは薬を飲み終えて治ったかな?と思うとその2日後にはまた咳をして・・・を繰り返し。

さらに母は退院後に傷跡が炎症を起こし毎日抗生剤の点滴のために連日病院まで連れていったり、で、結局再入院してまた連日お見舞いに行ったり。

合間にチビタを病院へ連れて行って・・・

10月からずっと病院通いしてた気がします。苦笑

だいぶ疲れてまいった~って思ったときもあったけど、一周忌を迎えるにあたって気がまぎれて助かったっていうのも事実。

とても浸る余裕なんてなくて本当に10月中旬からあっという間で気づけば12月も半ば。

一周忌の準備を慌ててしたからふたを開けてみれば至らないところがありすぎて義母にも参列した方にも失礼だったかな・・・と反省点はあるものの、とにかく終わったことにほっとしました。何かに追われていると見失うものがあるけど、今回に限っては見失ってたおかげで息苦しくなることはなくてよかった。

それでも明らかに一周忌の一週間前くらいから胸がドキドキ。動悸みたいな、気忙しい感じはずっとあったけど。

次は命日!あ、その前に去年は先生から一番聞きたくないことを言われたクリスマスがくる。

気が重い。本当に。心穏やかに年末を越せるか・・いや越せないのは目に見えているけど、せめていつもの過呼吸までは起こさずすごせるといいな。

一周忌ではチビタは眠いはずなのにとても良い子でちゃんとお父さんを見送ってくれたように思います。

納骨するときに骨壷を見るのは本当につらかったけど、それでも立っていられた自分が明らかに一年前よりは強くなっていると思いました。参列していただいた方の励ましの言葉にも、以前はとにかく勝手に傷つくばかりだったけど今回は素直に聞くことができたし。

来年はもっと強くなりない。いや、強くならなきゃ。

この1年、私と同じように死別した方のサイトやブログを何個も見てきました。死別して自分で自分が嫌になるほどひねくれてしまったけど、みんな私と同じように感じているんだ、ってことにほっとしたり、それでも多くの人が必死に前を向いて生きていることに励まされたりしてきました。

このブログは死別者を励ますことには程遠くて、ずっとグチグチと泣き言ばかりを書いてきました。だからいつか「あかるいこころのぼやき」で再開できたらいいなと思っています。

あと旦那さまの命日まで2週間。

それまでに、一年前にはできなかった旦那さまの最期をちゃんと書き残しておこうと思っています。

あとほんの少しだけお付き合いください。

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